3日目(8月30日、金曜日)
ここに来た本来の目的を忘れるわけにもいかない。しかし前述したとおり、現地のボランティアスタッフは相当にキツイらしい。主に人手が要るのは「始まる前と終わった後」だということで、始まってしまった今となっては、いるだけで邪魔になりかねないというのが実情……ということで、私や飯居は『日本2007』ブースに回ることになる。
この日、今岡さんに言われてみて、改めてこのワールドコンというものを自分なりに見てみようという気になった。といっても何をどう見ればいいのやら。とにかく、考えていても始まらない。手始めにアートショーの部屋に行ってみる。
広さは……それでもホールと呼べるぐらいはある。展示用の板(米国人成人男性の頭ほどの高さ)は大まかに四つの区画に分かれて並べられ、車椅子での出入りも考慮しているらしく、どれだけ入り組んだ場所に入っても約四歩分の歩幅は確保されている。額縁に納まった絵画を含む展示物の類には、値の付いている物とそうでない物があり、ここまではまあ日本の大会と同じだが、後で聞いた話によるとここで買い物をするには何か資格が要るらしい。ということは、下手に日本大会と同じノリで札に記入してたらどえらいことになってたと……?
それはさておき、何気なくプログラムをめくっていくと気になるタイトルを発見した。
『Sound&Spirit:Lord of the Rings Sneak Preview』
……どうやら『ロード・オブ・ザ・リングに関する一般公開前の内覧』というものらしい。一ファンとしては見逃せないと意気込んで、行ってみたまではいいのだが……。
早口。早口英語。話のどこが面白いのか? どころか、何を言っているのかすらわからない。時折笑いが起こる中、取り残される空しさに耐えきれず退場する。この場では紙もペンも辞書さえも通じない。通じる物があるとするなら、テープレコーダーぐらいだろう。
ヒアリングの重要性を思い知らされて、次に向かったのはディーラーズルーム。そこはまさに桃源郷だった。テーブルの大部分は新旧揃い踏みの洋書やアメコミに彩られ、場所によっては凝った絵柄のTシャツを扱うところや模擬刀(?)を扱う店も。真剣に見回るつもりなら一日じゃまず足りない。ざっと見回して、やはりクレジットカードを使える場所が多いことだけを確認して、退出。
そろそろ一時。
交代の時間だ。
説明は前もって聞いていたし、大まかなやり取りもその場で見ていたが、いざテーブルの前に立つとやはり緊張して憶えた手順がこんがらがる。レシートを渡し忘れかけて、周囲の方々にご迷惑をおかけしたことは言うまでもない。ただそうした中でも、気づかされることはある。
親子連れ、お年寄り、体の不自由な人、コスチュームプレイヤー。などなど……。
一般の市場とは雰囲気が違うものの、ここを訪れる客層は基本的に大人(日本で言うところの大きなお友達)だ。多少日本語をかじっている人もいて、そういう人に『あなたの日本語は私の英語より上手い』などと冗談めかして言ってみせると、これが意外と通じる。話そうとすれば聴いてくれて、言えば応えてくれるのだ。当たり前と言えば当たり前だが、そこにいなければ気づけなかったことだと思う。中には『Take it easy』と言ってくれる人もいて、そういう励ましを受けると無条件に嬉しくなる。
ただ緊張のためか、礼などを言うときにとっさに敬礼のような仕草をしてしまう。白土さんに指摘されて気づいたが、確かにこれはよくない。とっさに挙げてしまった手を振る、頭の後ろに当ててお辞儀するなどしてなおすよう心がける。
夕方近くになると、今度はビッドパーティーの準備となる。ホテルFairmontのエレベーターは、前日もそうだったがとても混む。18階に借りた部屋のうち、一つの間を楽屋にして、残る二つを会場に。
飾り付けは、ほとんど役に立てない。「これをここに張って」「あれをそこに置いて」「何々を持ってきて」等はこなせても「これをこう見えるように置いて」といったコーディネイトを含む指示にだけは、満足な対応ができなかった。このパーティーに来る人たちのニーズをよく理解せず、イメージを固めていなかったことが最たる原因だ。
まずは知ること。パーティーが本格化した中、そんなことを考えながら下働きをしていると、昨日会ったルリアンがやってきた。「お近づきの印に」ということでアメジストをもらったが、お返しできるものはというと、昨夜ホテルに戻った後、寝ずにしたためていた手紙――それも原稿用紙の裏を使った、稚拙な感謝状ぐらいなのだが――を思い切って手渡すと、すごく喜んでくれた。『宝物だ』とまで言われてしまった。
彼女や、彼女の友人と過ごしている間にずいぶんと時間が経っていたことに気づく。催促が来たところでさすがに長すぎたと反省して「また明日」と告げて雑用に取りかかる。
振る舞われた日本茶やスナック菓子は好評だった。どうしようか迷っている人の前で『うまい棒』を食べてみせると、それに倣って口に入れ、驚いた笑顔を向けてくる。
さすが『うまい棒』。
しかし、たこ焼き味はどう表現すればいいのだろう?
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